退職社員からの残業代請求

前回の解雇予告手当に続いて、今回は在職中に残業代が支払われなかったとして、退職後に残業代を請求されるケースです。
このケースの特徴としては、既に退職している元従業員ですから、会社に対して遠慮なく請求をしてくること、また、情報過多の時代、それなりに理論武装をしてから臨んでくること、場合によっては労働基準監督署などに相談の上で確信を持って対峙してくることなどが挙げられます。
実際このようなトラブルは非常に多く、換言すれば、どの会社でも起こりうる問題であるといえましょう。
「我が社は残業代を見込んで給与を設定しているから大丈夫」という企業もありますが、法律上これでは通らず、判例においても「基本賃金と時間外労働に対する割増手当とを明確に区分していなければならない。」とされています。
では、どうすればこのようなトラブルを防ぐことができるのでしょうか?
一つは、自社の就業規則、給与規程において、所定労働時間、時間外労働、時間外労働に対する割増賃金の支払等について、しっかりと規定し、それに則った残業代の支払を行うことです。
もう一つは、時間外労働時間を含めた労働時間の管理をしっかりと行い、それに基づいて実態どおり残業代を支払うことです。
「それができれば苦労しない、青天井で残業代を支払っていてはとても会社が持たない。」という声も聞きます。
しかし、法に則った形で工夫をすることで、一定の削減を図ることができるのです。
私がご相談を受け、実際に改善したケースでは、大きく分けて次の3つの段階を踏んで移行していきました。
①変形労働時間制の活用
②給与体系の見直し
③総労働時間の圧縮
書いてしまえばわずか3つの取組みですが、この実行プロセスにおいては、経営者、従業員ともに相当な理解を求めながら、進めていかなくてはなりませんでした。
厚生労働省では、近年「不払残業の撲滅」について、指導・監督を強化しており、これは退職者に関する問題だけではなく、在職者についても関係してきます。
賃金についての時効は労基法で2年と定められており、場合によっては退職者、在職者を問わず、過去2年分の時間外割増手当の遡及払いを命じられることもあります。
ちなみに平成19年度に労働基準監督署の是正指導を受けて100万円以上の不払残業代を支払った企業数は1,728社で、集計開始の01年度以降最多となり、支払額も過去最多の272億4,261万円、対象労働者数は17万9,543人で前年度と比べ3,018人減っているものの、1社当たりの平均支払額は1,577万円で、労働者1人当たりの平均額は15万円となっています。
長時間労働がもたらす弊害は割増賃金の問題だけでなく、過労死や過労自殺、心身障害などの要因ともなっています。
残業代対策だけでなく、長時間労働そのものを経営上のリスクとして捉え、早急にリスクヘッジを行うことが大切だと考えます。

経営者が言ってはいけないこと

「明日からもう来なくていいよ。」
経営者であれば、一度や二度はこのセリフを口に出したいときがあるのではないかと思います。
個人の権利意識が多様化し、残念ながら自己主張のみに終始する社員が増えていることも事実であり、非常にもどかしい思いをされている方も多いと思います。
労基法では、労働者を解雇しようとする場合においては、「少なくとも30日前にその予告をしなければならず、30日前に予告をしない使用者は、30日分以上の平均賃金を支払わなければならない。」(同法20条)と定めています。
しかし、この予告を怠ったことによるトラブルが後を絶ちません。

冒頭に記した「明日からもう来なくていいよ。」の一言が、後に非常に大きな問題となってくるわけです。
いまや巷ではインターネットをはじめとする情報の氾濫で、非常に手軽に多くの情報が手に入ります。
ネットの検索エンジンで「解雇」と入力すると、実に2,600万件以上がヒットします。
つまり、解雇された従業員が、解雇が附に落ちないということでインターネットを検索すれば、手間をかけることもなく、膨大な情報を手に入れることができるわけです。
これまで、解雇の予告や予告手当の支払義務を知らなかった従業員が、ネットにある情報を見て、「解雇予告手当を支払え」と申し出てくることや、労働基準監督署に相談に行き、労働基準監督署から指導や勧告を受ける場合も少なくありません。
解雇には手順が必要で、それを省けば、無用なトラブルを招くということを肝に銘じておく必要があります。
また、解雇については、平成20年3月1日に施行された労働契約法において、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」(同法16条)と規定しています。
少なくとも就業規則において、従業員が遵守すべき事項(従業員の禁止行為)、解雇の事由、解雇の手続、懲戒の事由や手続などをしっかりと定めておく必要があります。
従業員の行った非違行為については、その都度、注意を行うとともに事後キチンと改善するよう促し、その記録を残しておくことも必要となるでしょう。
労基法20条但書では、「労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合」については、解雇の予告あるいは予告手当の支払を除外できる旨、規定していますが、この場合には所轄労働基準監督署長宛に「解雇予告除外認定申請書」を提出し、認定を受ける必要があります。
この認定事由は、解雇予告制度により労働者を保護するに値しないほどの重大又は悪質な業務違反ないし背信行為が労働者に存する場合であって、企業内における懲戒解雇事由とは必ずしも一致するものではないとされていますので、注意しておく必要があります。
いずれにしても、問題のある社員については、日頃から改善に向けた指導や注意喚起を行い、記録を残すなどしておくこと、どうしても解雇せざるを得ない場合には、事前に専門家に相談された上で対処することなどが望まれます。

経営資源の中の「ヒト」を考える

昔から経営資源といえば、「ヒト、モノ、カネ」といわれ、最近ではこれに「情報」、「時間」、「ワザ」、「知恵」(知的財産)などを含めて経営資源とするケースもあるようです。
これらは全て、経営を行なう上で欠くことのできない資源であるということに異論を挟まれる方はないでしょう。
私は日頃からクライアントの方々に、「経営資源の中で唯一感情を持つものが「ヒト」なのです。」と申し上げています。

国語辞典によれば、感情とは「物事に感じて起こる気持ち。外界の刺激の感覚や観念によって引き起こされる、ある対象に対する態度や価値づけ。快・不快、好き・嫌い、恐怖、怒りなど」とされています。
社会や組織の中で生きて行く上では、快や好きのようないわゆる好感情だけではなく、ときに不快や嫌いといった悪感情を持たれることもあります。
これまで多くの労働相談を受けてきましたが、「感情のもつれ」が切っ掛けとなっているケースが多いと感じています。
お互いにうまく回っているうちは何でもないことであっても、ひとたび感情がもつれると全て悪になってしまう。
まして、感情に対して感情で応酬すれば、文字通り「泥仕合」の様相を呈してくるわけです。
お互いに「気持ちよく働いてもらいたい」、「気持ちよく働きたい」と思っていたはずが、些細なことから「泥試合」になってしまっては元も子もありません。
会社にしっかりとしたルールがあり、そのルールに沿って運用していれば、少なくとも「泥試合」にはならなかったであろうと思われるケースも少なくないのです。

会社のルールとは「就業規則」(賃金規定や旅費規程など、関連する規程の全てを含めて就業規則といいます。)です。
経営者の皆さんは、会社組織を運営して行く上で、就業規則の重要性を十分に理解されているでしょうか?
これまでには、就業規則を従業員のためにあるものと誤解されている方や、「就業規則は作っておらず、ルールはその都度決めています。」といった方、せっかくある就業規則を「従業員には見せていません」という方もいらっしゃいました。
就業規則には、従業員が守るべき事項や、それらに違反した場合の制裁についても記載しなくてはなりません。
私は、何か問題が生じたときに感情でなく、誠実に、しっかりとした根拠を示した上で相手に応えることこそ「泥仕合」を回避する手段であると考えます。

私は、就業規則は経営者の身を守るためにこそあると常々思っております。
人事労務に関するトラブルは感情的なしこりや金銭的な損失だけでなく、解決するまでの人的、時間的な面も含めた損失ばかりがかさみ、一銭の利益も生みません。
人事労務管理におけるリスクマネジメントの第一は就業規則の整備であると考えます。
無用なトラブルを回避し、余計な損失を生まないために、ぜひ一度、自社の就業規則の点検を行うことをお勧めします。