当社では、 外国人社員比率が世界全体で半数を超え、 日本国内でも10%を超えたのを機に、 社内公用語を英語とし、 管理職の登用基準にTOEICの点数を設定しました。 1人でも母国語が日本語でない社員が参加するのであれば英語での会議を義務づけ、 また、 会社費用による各種英会話教育を行っています。 そのような中で、 制度変更前に管理職になった者の英語力不足が大きな問題になっています。 そこで、 例えば「向こう2年以内」 などの期限を設定し、 それまでに基準点に至らなかった場合には管理職から降職させ、 賃金を下げることは可能でしょうか。
降格そのものについての客観的合理性、降格に当たって労働者が被る不利益の程度を勘案する必要があるります。
解説
1.降格の考え方
降格については、懲戒処分のよるものの他、会社の人事権により役職や職位を引き下げるもの、職能資格制度の基で職能資格や職能等級等を低下させるもの、人事異動による配転に伴う降格などがあります。
今回のご質問は、会社の人事権により役職を解く降格を前提としたものと解されますので、それについて考察していきます。
2.人事権による役職・職位の降格についての判断
課長職から課長補佐職相当への降格が行なわれた事例で裁判所は、「使用者が有する採用、配置、人事考課、異動、昇格、降格、解雇等の人事権の行使は、雇用契約にその根拠を有し、労働者を企業組織の中でどのように活用・統制していくかという使用者に委ねられた経営上の裁量判断に属する事柄であり、人事権の行使は、これが社会通念上著しく妥当を欠き、権利の濫用に当たると認められる場合でない限り、違法とはならないものと解すべきである。しかし、右人事権の行使は、労働者の人格権を侵害する等の違法・不当な目的・態様をもってなされてはならないことはいうまでもなく、経営者に委ねられた右裁量判断を逸脱するものであるかどうかについては、使用者側における業務上・組織上の必要性の有無・程度、労働者がその職務・地位にふさわしい能力・適性を有するかどうか、労働者の受ける不利益の性質・程度等の諸点が考慮されるべきである」としています(バンク・オブ・アメリカ・イリノイ事件 東京地裁 平成7.12.4判決)。
3.降格配転についての判断
目標不達成を理由としての降格配転については、日本ガイダント仙台営業所事件(仙台地裁 平成14.11.4決定)が参考になると思われます。
本件は、売上目標不達成を理由として退職勧奨を受け、これを拒否したところ、配転命令を受け、その結果、賃金額が約61万円から約31万円とおよそ半分に減額された事案です。
裁判所は、「本件配転命令は、債権者(注:労働者)の職務内容を営業職から営業事務職に変更するという配転の側面を有するとともに、(中略)賃金の決定基準である等級についての降格という側面も有している。配転命令の側面についてみると、使用者は、労働者と労働契約を締結したことの効果として、労働者をいかなる職種に付かせるかを決定する権限を有していると解されるから、(中略)社会通念上著しく妥当性を欠き、権利の濫用にわたるものでない限り、使用者の裁量の範囲内のものとして、その効力が否定されるものではないと解される。他方、賃金の決定基準である給与等級の降格の側面についてみると、賃金は労働契約における最も重要な労働条件であるから、単なる配転の場合とは異なって使用者の経営上の裁量判断の属するものとはいえず、降格の客観的合理性を厳格に問うべきものと解される」としています。
その上で、「労働者の業務内容を変更する配転と業務ごとに位置付けられた給与等級の降格の双方を内包する配転命令の効力を判断するに際しては、給与等級の降格があっても、諸手当等の関係で結果的に支給される賃金が全体として従前より減少しないか又は減少幅が微々たる場合と、給与等級の降格によって、基本給等が大幅に減額して支給される賃金が従前の賃金と比較して大きく減少する場合とを同一に取扱うことは相当ではない。(中略)労働者の適性、能力、実績等の労働者の帰属性の有無及びその程度、降格の動機及び目的、使用者側からの業務上の必要性の有無及びその程度、降格の運用状況等を総合考慮し、従前の賃金からの減少を相当とする客観的合理性がない限り、当該降格は無効とすべきである」としています。
4.降職降格についての判断
販売店店長から流通センター主任への降職に伴い、職務等級を1等級引き下げる降格の有効性が争われた事案では、「本件降格異動が原告(注:社員)の販売店店長としての適性欠如、管理職としての部下の管理能力欠如、金銭管理のルール違反と行った原告が従事していた職務との関連での不適格性を理由として行なわれたもの」であり、降格処分は懲戒権の行使ではなく、人事権に基づき降格異動を行ったものと認められ、被告(注:会社)が、原告を店長として不適格と判断し、金銭を取扱わず、接客業もない流通センターに異動させたことは、職種の変更を伴うものであるとはいえ、合理的な理由があったというべきであるとしています。
その上で、「本件降格異動に伴い原告の給与は職能給と役職手当を併せて約9万円の減給となっており、原告の不利益は小さくないが、職務等級にして一段階の降格であることや原告の店長としての勤務態度に照らせば、やむをえないものというほかない」として、降格異動については権利濫用に当たらないとしました(上州屋事件 東京地裁 平成11.10.29判決)。
5.まとめ
上記の通り、降格については、人事権の行使として会社の裁量的判断により可能と解されますが、それが一般的には賃金の低下等、労働条件の引き下げを伴うことから、本人が被る不利益の程度が相当程度大きい場合などについては、権利の濫用として無効とする判断を下していることに鑑み、降格そのものについての客観的合理性のほか、降格に当たって労働者が被る不利益の程度も勘案する必要があると考えます。